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ノートルダム大聖堂の修復について音楽史的観点から考える


言うて私が音楽史の授業でちゃんと身につけた知識といえば「リュリの死因が指揮棒だった」ということくらいです。

こんにちは、どうでもいいことしか覚えない、バッハと同じ日に生まれた井中まちです。これはもう実質バッハといっても過言ではない。(バッハの誕生日はユリウス暦で考えてください)

 

過日のノートルダム大聖堂の火災は、フランスだけでなく、遠く離れたここ日本、そして世界全体にも大きな衝撃を与えました。

その大聖堂の再建案の数々が、いま、話題になっています。

 

フランス政府の発表によれば、修復後のノートルダム大聖堂の姿は、国際コンペティションの結果によって決定されるといいます。

まだその概要や日程について具体的な発表があったわけではありませんが、火災前の姿に「復元」する案も、新たな姿に「再建」する案も平等に扱うことを明らかにしており、早くも世界中の建築家や設計事務所などから斬新かつ個性的な案が提案されています。

なかには近未来的なSF世界を想像させるものやステンドグラスという教会美術を前面に押し出したもの、はたまた屋上緑化なんて案も。

 

外観、ということに関しては、私は復元にこだわらなくてもいいのではないかと思っています。(ただ、どちらかといえば復元してほしい派です)

完璧に復元することは不可能でしょうし、宗教施設であるということを考えても、より親しみやすく、現代の精神に即したデザインに改めるというのは決して悪いことではないでしょう。

 

が、それが音響にも影響を与えるというのであれば話は別です。

 

ノートルダム大聖堂は、音楽史的に見ても極めて重要な建築物です。

 

ノートルダム楽派、という楽派がありました。

その名のとおりノートルダム大聖堂を中心にして栄えた楽派で、12世紀後半から13世紀にかけて活躍し、初期ポリフォニー(多声音楽)の発展に大きく貢献しました。

 

ポリフォニーとは、複数の独立したパート(声部)からなる音楽のこと。

メロディー(主旋律)と伴奏で成り立つものではなく、2つ以上のメロディーがなんかこういい感じに重なってめっちゃいい感じになっている、という音楽をお聴きになったことがあるかと思います。あれがポリフォニーです。

 

もっと簡単にいうとカエルの歌です。

カエルの歌は同じメロディーをずらして重ねていくものでカノン(輪唱)ともいいますが、最初に歌う人もあとから追いかける人も、伴奏ではなくメロディーを歌っていますね。

つまりメロディー同士がいい感じに重なってめっちゃいい感じになっています。なのでポリフォニーです。

 

そしてここで再び実質私であるバッハの登場となるのですが、バッハはポリフォニーの代名詞的存在です。

だいたいバッハの曲を聴けば「あ~ポリフォニってるね~」となっていただけると思います。

要するにこんなつたない解説なんてすっ飛ばしても大丈夫です。バッハを聴け。

 

そんなバッハが活躍したのは18世紀。ノートルダム楽派の時代より500年もあとでした。

そう、「音楽の父」とも呼ばれる偉大なるバッハ(=実質私)も、ノートルダム楽派、そしてその中心となったノートルダム大聖堂なくしては存在しなかったかもしれないのです。知らんけど。

 

ノートルダム楽派がノートルダム大聖堂で発展させたポリフォニー。

そのかたちは言うまでもなく、宗教音楽でした。

 

宗教施設でもっとも大事なものは音響、ともいいます。

一説によれば、先史時代、アニミズムの文化でも音響は重要視され、宗教的儀式は特殊な音響効果を狙って洞窟などで行われていたそうです。

人ならざるものや天上からの声を聴く、声を届ける、ということを考えれば、ごく自然なことかもしれません。

 

ポリフォニーは、古いキリスト教音楽であるグレゴリオ聖歌(モノフォニー/単声音楽)から発展して花開きました。

ではそもそもなぜ聖歌が生まれたのかというと、ただ単にお祈りするだけより歌にしたほうが神さまも「いい感じ~」ってなるでしょ、ということなのです。

ポリフォニーが生まれたのは、「もっといい感じ~」にするため。ノートルダム楽派がそれを発展させたのは、「いや待って……やばい……尊い……しんどい……」にするためです。

 

もう少しまともな言い方をすると、人々の信仰心によって音楽が発展していったというわけですね。

 

ノートルダム楽派はノートルダム大聖堂で演奏するための音楽を作っていたわけですから、当然、ノートルダム大聖堂の音響を研究し、それに合わせてポリフォニーを発展させていったはずです。

つまり、ノートルダム大聖堂の音響なくしては現代の音楽もなかったかもしれない……というのはおおげさかもしれませんが、「ノートルダム大聖堂の音響」は、それほど重要で価値があるということなのです。

 

さて、では話を現在に戻しましょう。

 

火災で失われたのは尖塔と、それを支えていた屋根の大部分でした。

この、「屋根の形や素材が変わる」ことが、私が新デザインでの再建にちょっと待ったをかけたいところなのです。

 

屋根の形や素材が変わる。すなわち、音響が変わる。

音楽史上(だけではないですが)極めて重要なノートルダム大聖堂の音響が、新デザインによって変わる。かもしれない。

それはだめだよおぉぉぉぉ……!と、私はハラハラドキドキしているわけなんですね。

このことに関しては、長年ノートルダム大聖堂のパイプオルガンを演奏してきた方も心配してたっぽい感じでした。そりゃそうだよねぇ……。

 

ただ、これはたとえ「復元する」となったとしてもぶち当たる問題ではあると思います。

何度でも言いますがそもそも完璧に復元することなんて不可能ですし、今回の火災の一因でもある「木造」建築をそのまま採用というのは、おそらくできないのではないかと思われます。

多かれ少なかれ、音響が変わるのは仕方がないことでしょう。

 

しかしなんというか、いま確認できる「再建案」は(まだコンペが始まっていないのでそれが正式にエントリーされるかもわかりませんが)どれもまったく音響について考えられていないように思います。

これでは、「ノートルダム大聖堂」の新しい姿としては容認されないのではないでしょうか。知らんけど。

 

最終的にどのようなかたちになるにせよ、各方面から慎重に検討してもらいたいものです。